『付き合って下さい!!』
『……――時々居眠りするけど……』
『それでもいいですから』
告白した時、藁にも縋る思いとはこの時の心境にぴったりだったわよ。
とナミは思いかえした。
もう、一年も前の話だ。
遠距離恋愛
パラパラと降る雨をビニール越しに見上げて、ナミは溜息をついた。
季節は6月に入ったというのに朝夕は寒さが残っていて昼との温度差が厳しい。
長袖を着ていてよかったと両腕をさすりながら安堵する。
まだ振るのかしら?
と見上げてみる。
しかし、ビニール傘を軽やかに弾く雨はやみそうでやまなかった。
先程からずっとビニール傘越しに夜空を見上げているのだが、中途半端さが憎らしい。
今日は七夕。
天気予報では連日続いた雨が嘘のように夜空が綺麗に見えるでしょう。
と、アナウンサーが自信を持って視聴者に向かって微笑んでいた。
「騙された……」
ナミは濡れたミュールの先を恨めしげに見つめる。
晴れると聞いたから可愛い靴にしたのに。
腹立たしい。
腹立たしいのはきっぱりと言い切ったアナウンサーか、または、濡れてもなお待ち続けている自分自身に対してか。
そしてもう一つ。
『ナンパの多さにげんなりよ、まったく。田舎者だとばれないようキョロキョロしないようにしてたのに。やっぱり雰囲気でわかるのかしら』
傘で顔を隠して、独りひっそり溜息をつく。
寂しそうな女に見えませんように。
こっそりそんな気持ちを込めてみる。
静かに、サー……っと雨の降雨量が増えた気がした。
『…………。……――ふーん』
(あたり前だけど――田舎の雨も、都会の雨も同じなのよね)
降り注ぐ雨をビニール越しで見上げたまま、ふと何気ない事を思う。
『……それにしても、いい加減帰ろうかな』
ナミは独り友人と離れて都会の街に佇んでいた。
ナミが都会に上京してきたのは友人の熱心な誘いによるものだった。
3日前。
授業が終わって放課後、サークルにでも顔を出そうかと考えていたナミの元に、ビビが駆け寄ってきた。
腰まで届くウェーブがかった髪が揺れていて愛らしい。
弾む口調で、ビビは机に手を乗せ身を乗り出して聞いてきた。
「一緒に都心へライブ観に行きませんか? ついでにナミさんの彼氏にも会えるかもしれませんよ! 名付けて、『天の川大作戦』です。年に一度しか会えない織姫と彦星のように! ナミさんも便乗するんですよ」
「……ついで、ってね。なに、そのおまけのような言い方。それに七夕のどこに便乗しろっていうのよ」
「えっと――。気に障ったならごめんなさい。……その、最近元気ないから気になって」
「――心配かけてごめん。連絡がめっきり取れなくて、盛り下げてわるかったわね」
隠しきれていなかった感情を指摘されて、苦笑い。
それが余計に痛々しくて、ライブに誘ったビビは更に大きな声で誘った。
「じゃあ、決まりです。白黒はっきりつけに行きましょう!」
「え、白黒って? ……もしかして」
まさか、と口元が引きつるナミに対して、ビビは上品そうな笑顔で鋭い一言を放った。
「浮気してるか確認に行くんですよ、もちろん」
――という訳で、ナミはライブのついでに彼――ゾロ――の現状を確認しにきたのだった。
うじうじ悩んでるのだったら、見てスッキリしてこい。というわけだ。
たしかに、到底自分で悩んでいるだけでは踏ん切りがつかなかったのも事実だった。
今のような連絡を取る事もままならない彼氏――もどきとこのままズルズル付き合うか、会いに行って別れを切り出すか。
この半年というもの、ナミはずっと考えていた。
普段からメールや電話が嫌いなのだろうか、10回送って、1件返信があれば良いほうだった。それも「おォ」だとか、「あァ」だとか。極端に短い。こちらとコミュニケーションをはかるのを避けているとしか思えない文章だ。
寂しい気持ちから勇気を出して電話をすれば、「今忙しい」やら、「またかけ直す」と言って即切られる始末。
たまに、偶然出たと思ったら……。
私嫌われてるんじゃない?
自問自答を繰り返しても答えは出ず悪循環。
刻まれる眉間の皺。皺。皺。
せめて行事物だけでも一緒に! と思って張り切ってみてものの。
誕生日やクリスマスという行事物には関心を示さず、正月こそは帰って来て2人で出かけられるだろうと思いきや、急遽会社からの呼び出しで都心へとんぼ返りで会えず。
そんな時友人から誘ってもらったのがコンサートだった。
理由はなんであれ、これもきっかけだからとナミは誘いを承諾したのだった。
悪い方向へ転んでも、未練を残さないように。
ゾロとは、ナミが高校卒業と同時に告白したのがきっかけで付き合いだした。相手は社会人で、かつ、その頃都心へ転勤という辞令も出ていた為に断りかけられた。
だが、ナミの熱心な言葉に――丸め込まれたともいう――ゾロも最後は折れた。
学生と社会人。
年齢はあまり変わらなくても、見えない差は大きいとナミは離れていてよくわかった。
寂しい、会いたい、もう少しでいいから話したい。
相手は社会人なのだから、と。生活がかかっているのだから、と我侭ははばかられた。
けれど欲に飲み込まれそうになる事も多々ある。
やっぱり寂しい気持ちは誤魔化せないのよね……。
だから、返ってこないとわかっていてもメールを沢山送った。
見えないけれど気持ちもそっと添付して贈った。
重くならないように。
ほんのちょっと。
それでも反応がなかったから、寂しい気持ちとどこか返事がない事に安堵する気持ちとがごちゃ混ぜになった。
そして、もう少し大胆になった。
携帯に着信履歴を残すのだ。
電話に出てほしい気持ちが大きかったけれど、ゾロが電話に出る前に電話を切って着信だけを残す。
まるでイタズラをしているようで、ナミはどこかワクワクした。
出る前に切って、そしてこちらは電源を落とす。
着信に気付いて折り返しても『――ただいま、電波の届かない所か……』と不通のアナウンスが応対する。
『アナウンスにヤキモキすればいいわ』
真っ黒な画面に向かって嫌味を言う。
都心と田舎、と言っても今のご時世交通手段は多種多様だ。頑張れば日帰りも可能な距離だった。
ようは、本人の意思によるところが大きいのだ。
帰れるけれど、帰らない。
どうして帰ってこないの?
もしかして。
――――都会に彼女がいるから。
年相応の本命の人とよろしくやってる?
付き合ってると思ってるのは私だけ? ……いやいや、きっと私とは何も始まっていないのよ。たぶんね。
知り人程度。
結局最後には、『私は知り人程度』で考えが止まってしまう。
――――そんな日々を繰り返すのは正直辛かった。
「はあ」と重い吐息が漏れる。
今日上京する事も伝えてないし、運良く会えると思ってのが甘かったわ。
織姫と彦星のように会えるかもしれないなんてわからないのにね。
加えて雨だし。
ああ、もう。
と、悔しそうに舌打ち。
いい加減諦めて帰ろうと心を決めた矢先――――
ナミの目はスーツ姿の男性を捉えていた。
離れていてもすぐにわかる。
あの歩きかたと仕草で。
「――……ゾロ!」
心弾むもすぐにがっかり。
なぜなら――可能性を考えなかった訳ではなかったが――ゾロの他に同僚と思われるスーツ姿の男性と、女性が一緒にいたからだった。
「どうしよう…………」
振り続いた雨は小雨となっていた。
つづく |