「いたたた…………。 久しぶりにゆっくりしたから寝違えちゃったわ。 ……――ん? 何かしら、アレ」 2008年ナミ誕 ゴースト島スリラーバークを出発して数日。 ブルックを仲間に迎えての宴会は日夜問わず連日続けられていた。途中からは訳もわからず飲み明かす日もあったりと、宴会ムードはまだまだ終わりそうにない。 そんな中、女部屋で独りナミはログポースを睨むように見つめ続けていた。 「レッドラインまで到着したのはいいんだけど……次の進路が下をさしっ放し。困ったわ」 溜まっていた海図におこす作業にいそしみつつも、心配は尽きない。 空島への行き方がわからない時のような不安感はないにしてもだ。 「あの時はバカにされるわ、恥かしいわ、悔しいわで腹立たしかったけど。本当に空島へ行ってきたんだもの、絶対深海の島もあるわ!」 「あら、強気ね。ナミ」 「ロビン! 驚かせないでよ、突然声をかけられたら心臓に悪いんだから」 「ごめんなさいね、ふふ」 濡れ羽色の髪を水滴が伝う。タンクトップに短パンといったラフなスタイルでロビンが女部屋に入ってきた。どうやらお風呂に入っていたようで、ほんのり頬が上気しているのが見て取れた。 ロビンはナミの近くまで歩を寄せると机に広げられた海図とログポースを見比べて苦笑をもらす。 「また悩んでたのね。自分を追い込めば解決するってもんじゃないわよ」 「……わかってる。でも手につかなくてジッとしてるより海図を書いた方が断然いいわ!」 「でも、夜更かしは禁物よ。お肌に悪いから」 「ええ、わかったわ。夜風にあたってから今日は寝る事にするわね」 手早く丁寧に道具をしまい、海図を乾かす為に棚に入れる。ログポースを腕にはめてナミは女部屋を後にした。 ◇◆◇ いつの間に陽が落ちたのだろう。 雲一つない星空だった。満月の光が真っ直ぐに落ちてきて甲板を照らす。 「月見酒にもってこいね」 満天の星空を肴に酒をたしなむ。 いけない、ヨダレがでそう。 口をあけて見惚れるほど綺麗だった。 そうだ! とパッと頭に思い浮かんだプランに思わずにやける。 月見酒をすればいい。むしろこんな良い日に酒を飲まないのはもったいないだろう。 そこで、だ。 酒の相手といえば―――― 酒豪と名高い剣士を連れてこなくては。 「ゾロならきっとジムね。……でもその前に」 目標を一人に絞る。 しかし、ゾロを捕まえる前に必要な物があった。 月見酒に必要な酒を女部屋に取りに戻る為、ナミは甲板を駆け出した。 ◇◆◇ 「なんで俺が……起こされないといけねェんだ。ったく」 連日のドンチャン騒ぎの疲れか、ゾロは首をゴキゴキと鳴らしながら芝生へと降りてきた。 「文句が多いわよ、さっきから。せっかく人が月見酒に誘ってあげてるのに。それに……どうせ、また迷ってジムに辿り着いたからそのままトレーニングして寝てただけでしょうが」 「なっ、んなっ。んな、わけねーだろうが!」 「目をそらさない」 「…………」 慌てるゾロを仕方ないんだから、とナミは肩をすくめる。 「ほら、行くわよ。こっち、こっち」 ――――ここがいいのよ。 とナミが手を引いて連れてきてくれたのはナミのみかん畑だった。 ふて腐れているゾロに、女部屋から持ってきた極上の酒を目の前に胸から取り出すと、ニヤッと途端に悪い事を考えていそうな顔つきになった。 げんきんね、まったく。 でもそんなところも可愛い。とナミは思う。 くすっと口元で微笑んでいたら、ゾロが少し拗ねたような顔をしたのは気のせいだろうか。 「月見酒するんでしょ? ほら、かけなさいよ」 腰をどかっと落とすのを横目に、ナミはまた胸元からおちょこを2つ取り出した。 「まだまだなんか出てきそうだな……」 「すけべ。ジロジロ見ないでよ」 「いまさら、だろうが。あんなに素っ裸見てるのに今更照れるのがわかんねェ」 「バカッ、声がでかい! そういう事は思ってても黙ってるものなの! 次言ったら殴るわよ」 「……もう殴っただろ」 涙目でゾロは言葉をもらした。 ◇◆◇ 綺麗な月を眺めつつ、夜空へ目を転じる。 絵に描いたような風景だった。夜、見張り番をしていてもなかなかお目にかかれるものではない。 ゾロは夜空を見上げてはしゃいでいるナミを横目で見ながら綺麗だと思った。 スリラーバークでの死闘から目覚めた時、心配そうに目には涙を堪えたナミの姿が一番に飛び込んできた。 船医のチョッパーじゃなく、ナミの姿が。 その姿を目にとらえて、 『無事だったか……』と心底安堵した。 心底ホッとするのも、普段ハラハラさせられるのも。 この目の前にいるこの女以外にはいない。ナミだからこそ心揺るがされる。 「ナミ――――」 ゾロが言葉を続けようとした矢先。 一瞬月が隠れた。 辺りが静寂と闇夜に引きこまれる。 再び満月が姿をあらわした時、ゾロとナミの目の前には一羽のペリカンが舞い降りていた。 ゾロは一方の手でナミを庇いながら、もう一方の手で静かに鍔(つば)に手を添えた。 気配もなく、しかし敵意もなかった。 けれど油断はならない。 ジッと相手の出方を観察する。ナミは始めこそきょとんとしていたが、次の瞬間身を強張らせていた。 気配もなく表れた鳥に油断ならないと判断したのだろう。 いくら人でなくても。 重い空気が漂う中、渦中のペリカンがおずおずと尋ねた。 「麦わら海賊団の航海士、ナミさんですか?」 つづく |